導入事例

臓器の輪郭入力や金属アーチファクト除去をAIで実現 放射線治療をAIで効率化するベンチャーと京都大学病院の挑戦

イーグロース株式会社 様

導入サービス

 医療ベンチャーのイーグロースと京都大学医学部附属病院は、放射線治療の計画を立案するにあたって必要な臓器の輪郭入力や金属アーチファクト除去をAIで自動化しようと試行錯誤を続けている。放射線治療に携わる多くの人たちの働き方改革につながるプロジェクトの概要と、さくらインターネットの高火力コンピューティング導入の経緯を聞いた。

課題
CT撮影後から治療までに時間がかかっていた
ノイズあり画像のアルゴリズム確率が難しい
開発コストを抑えたい
効果
ソフトウェアとGPUにより手作業を低減
AI学習することにより、精度の高いノイズ除去に
定額利用し放題の高火力を採用しコストを抑え開発

※こちらの記事は2019年9月4日に ASCII.jpで公開された記事を再編集したものとなります。
文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元

放射線治療のレベルを高める産学プロジェクトのはじまり

イーグロース 代表取締役 今西 勁峰氏

私が放射線治療分野に携わり始めた頃、放射線治療のソフトウェアはすでに100%海外製でした。実際、グローバルでシェアの高いソフトは僕の目から見ても素晴らしいのですが、やはり価格も高いんです。国内での技術の発展のためにも、自力で開発しなければいけないと思いました。

大谷:国産ソフトウェアは、やはりメリットも大きいのでしょうか?

今西:基盤となるプラットフォームをわれわれが作ってしまえば、その上のアプリケーションは自分たちで知見として開発できるはずです。実際、2014年くらいから京大病院と連携し、放射線治療のデータを扱うようになりました。そこで現場の先生の一人として担当してくれたのが中村先生です。

大谷:中村先生は京都大学病院でどういったことを担当しているのでしょうか?

中村:放射線治療です。放射線治療は、医学物理学と放射線生物学の両輪で成り立っているのですが、私はそのうち医学物理学を担当しています。これまでの仕事としては、たとえば、今まで皆無であった国産の放射線治療装置を大手メーカーといっしょに開発してきました。

大谷:そこでイーグロースが手がけるような国産ソフトウェアが必要になったんですね。

中村:はい。確かに大手メーカーはいいハードウェアを作ります。しかし、いいソフトウェアを開発できる会社が日本には少ないと思っていました。そんな中、イーグロースの今西さんと出会い、製品に組み込まれる手前の実証実験モジュールを作ってもらったのが協業のきっかけです。

最近は医用画像にAIを組み合わせて、研究開発を使っています。でも、医用画像を使うにあたっては、やはり医師が役立つものを開発しなければいけないので、情報学的な側面で中尾先生のアドバイスを受けて、プロダクト開発を進めています。

大谷:次は中尾さんの自己紹介をお願いします。

京都大学大学院 医学研究科 准教授 中村 光宏氏

中尾:私自身は情報学出身ですが、医学と情報学の境界領域である医用システムの研究を行なってきました。今西さんとは大学院生の時から関わっており、情報技術によって医学を牽引することを目指したテーマに取り組んでいます。具体的には情報技術を用いて外科手術や放射線治療を支援したり、体内の臓器や医学知識を数量的に扱い、シミュレーションや可視化を行なえるようにする基礎アルゴリズムを作っています。

京都大学大学院 情報学研究科 准教授 中尾 恵氏

大谷:放射線治療という点では、どのような研究開発になるのでしょうか?

中尾:放射線治療での問題の1つに、臓器や病変のバリエーションが非常に豊富であるという点があります。たとえば、自動運転の場合、認識対象である道路や車はある程度規格や構造が整っていますが、われわれの生体は個人差が大きいのです。特に放射線治療の場合は、数日から数十日に渡って治療を繰り返していく中で、体形や臓器の形状が変化する可能性があります。
このようなバリエーションが豊富で、しかも日々形が変化する臓器はAIでは扱いが難しい対象でした。臓器の形や変化を統計的に扱うためのモデルやアルゴリズムを同時に考える必要があります。ですから、中村先生と共同で放射線治療時の臓器データを収集し、統計的なモデルを作って、AIとつなげる研究を行っています。人体臓器の変化に対応した次世代の治療計画を考えたいと思っています。

中村:放射線治療って、長い人だと8週間くらいかかります。治療が終わるのは、CTを撮影してから相当な時間が経っているので、体の中の状態は相当変わってるはず。そんな課題を持っていたら、生体医工学を専門とされている中尾先生に出会うことができ、共同研究につながりました。医学物理学と生体医工学の融合ができていて、新たな展開を迎えているのも事実です。

大谷:両者の具体的な研究成果はいかがでしょうか?

中尾:大学はコア技術を開発できるのですが、実用的なソフトウェアにまで組み上げるリソースがありません。ですから、イーグロースさんと共同で臨床現場で使えるものを作っています。逆にAIによる画像解析はイーグロースさんの方が先行しているので、ライブラリを提供してもらい、研究開発を行なっています。

ベテランと新人で大きく変わる臓器の輪郭入力をAIで

大谷:今回イーグロースさんが開発している放射線治療におけるAIの活用について教えてください。

今西:放射線治療においては、臓器のどの位置に対して、どれだけの放射線を当てるかという綿密な治療計画が事前に必要になります。そして、この計画を作るためには、そもそもCT画像を精査し、臓器の輪郭を定義し、どのように放射線を打つのかをシミュレーションしなければなりませんでした。今まで手作業だったこの作業を、イーグロースではAIの画像解析による自動化支援の研究開発を行なっています。

大谷:既存のソフトウェアでは難しいのでしょうか?

中村:はい。臓器の輪郭入力は、ベテランが描くのと、新人が描くのでは、かなり違いが出てきてしまいます。見ている画像は同じなのですが、ベテランは経験則的にどの領域までを標的として含めなければならないかがわかっています。一方、新人にとってみれば臓器は臓器としか見ないので、見えざる病巣まで標的には含めていないことが多いです。

たとえば、ベテランの場合、前立腺がんで手術後に再発しそうな箇所を泌尿器科の先生と何度もやりとりしているので、CT画像で臓器はここまで囲まなければならないということを知識として知っています。しかし、新人ではそのような経験はないし、なにより分業化が進んでいるので、標的として捉えるというところに意識が向かなくなります。

大谷:なるほど。ベテランと新人の経験差が生じる作業なのですね。

今西:はい。治療施設の方針によっても、おそらく囲み方の違いが出てきます。でも、最近はAIのような飛び道具が実用的になってきたので、われわれのようなベンチャーでも、アイデアさえあれば大手に勝てるはず。だから、現場の治療データで精度を高めていきたいのです。

深層学習により、対象臓器の三次元領域を高精度に抽出するGrowth RTV

大谷:放射線治療において、AIはどこらへんがブレイクスルーなんでしょうか?

今西:今までのソフトウェアはなんらかの形式化に基づいて開発されていたのですが、AIの場合はニューラルネットワークをどのように構築するかというより抽象的な概念によって設計を進め、最終的にソフトウェアに落とすことができます。

「AIは人間のできないことをできるのか」というのはよく聞かれるのですが、「人間が実時間かけてできないことをできてしまう」という点では答えはイエスです。同じことを少ない実時間でできてしまうのが、AIのメリットです。

中村:今まで輪郭入力は手作業だったので、時間がかかります。1症例あたり2~3時間かかることもありました。これをAIが自動で行なってくれるので、時間の使い方が変わってきます。

われわれのような大学病院で人数がある程度多ければよいのですが、地方病院や一人医長の病院の場合、輪郭入力がボトルネックになっている可能性があります。また、経験年数が短いことから輪郭入力に不安を持っている医師も多いと思います。

大谷:確かに人手不足の地方病院にとっては、医療のレベルを左右する問題ですね。

中村:はい。ややおこがましい話ですが、そのような病院に対して、当院の輪郭モデルを教師データとして使ってもらえればよいと考えています。教育的な意義もあり、治療成績のお墨付きを持った輪郭モデルを使えれば、難しい放射線治療も普及させることができるかもしれません。そういうポテンシャルを持った実証実験なんです。

大谷:属人化している輪郭入力のノウハウをベストプラクティス化するための取り組みなんですね。

中村:うちでしかできない治療を他院でもできるようになれば、いわゆる「医療の均てん化」が図れます。ノウハウ付きの技術をいろいろな医療現場で使ってもらえたら、こんなに素晴らしいことはありません。

自分の描いたプランを自由に試すことができる

大谷:今回こうしたAIでの研究開発において、さくらインターネットのGPUサーバーサービスである「高火力コンピューティング」を採用した理由を教えてください。

今西:過去、Web系のベンチャーのサーバー管理をやっていた時期があって、さくらのレンタルサーバーやVPSを使っていました。ですから、高火力コンピューティングはリリース当初から知っていました。

機械学習の精度を向上させるのは、本当に泥臭い世界で、トライ&エラーの連続です。だから、AIサービスも時間課金というのはあまり現実的ではないと思います。その意味では、定額で利用し放題の高火力コンピューティングは魅力的なサービスです。

研究室の一角に設置されたマシンで試行錯誤は続いている

大谷:やはりメリットはコストなんですね。

今西:AWSやGoogleの機械学習サービスも使っていたのですが、時間課金なので連続的に利用するとやっぱりコストに跳ね返ってきます。その点、さくらのサービスプランニングの上手さというか、かゆいところに手が届く料金体系なんですよね。それまでオンプレで利用していたエントリGPUでは回すのが難しかった計算が高火力ではさくっと回るので、自分の描いたプランを自由に試すことができます。その開放感が印象的ですね。

大谷:実際に、どのような感じで使っているのでしょうか?

今西:医療業界においては、教師データを集めること自体に苦労しますので、われわれが注力しているのは「教師なし学習」です。少ないデータでどのように人間らしくふるまうのかを学習させています。

最近リリースしたのが、CT画像で発生してしまう金属アーチファクトというノイズをAIで除去するというものです。金属アーチファクトが発生すると、本来軟組織が映っているところが空洞になっているように見せてしまいます。これを修正するような作業はとても時間がかかると聞いていますが、これに関してもAIで自動化できます。

GANにより金属アーチファクトの低減を実現

大谷:さまざまな学習に使っているのですね。

今西:あと、京大病院ではないのですが。国内最大級の眼科と提携し、基礎研究をやっています。一症例であれば集まるのですが、合併症だと症例数が大きく減ります。教師あり学習は、一種のパターンマッチングなので、知らないデータが来るととことん弱い。だから、教師なし学習で合併症例を作っています。もともと緑内障の画像に網膜剥離の画像を組み合わせて、合併症の画像を作っていけば、合併症を検知できるAIが作れるのではないかと考えています。

中尾:正常な症例から疾患症例を作ったり、あるいは疾患症例から正常な症例を作ることにもAIは活用できます。将棋の世界では強いAI同士を戦わせることが行われていますが、医用画像においてもAI同士を競わせることを通してより精密な画像生成を可能とするような敵対的生成ネットワーク(GAN)という手法が注目されています。GANでは、単一の学習ではなく、画像を生成するAIと画像を識別するAIを学習させるプロセスを繰り返し実行することになります。そのためのリソースとして高火力コンピューティングを使っています。

先ほどの金属アーチファクトでのノイズ除去であれば、ノイズありとノイズなしの画像群を用意します。さまざまなノイズへ対応したアルゴリズムを確立することはこれまで難しい課題とされてきましたが、ノイズあり画像からノイズなし画像への変換をAIが学習することによって、人間が個別に考えるアルゴリズムよりも精度の高いノイズ除去が可能となると期待されます。

人間が個別に考えるアルゴリズムよりも精度の高いノイズ除去が可能となる(中尾氏)

大谷:日本の医療分野でのAIの活用動向について教えてください。

今西:正直遅れています。たとえば、米国では昨年4月の段階で、AIが医療での確定診断までしてよいという判断が出ており、糖尿病網膜症をAIで判定できる医療機器が認可を通っています。中国ではスタートアップが開発したがん診断の支援システムがすでに300近くの病院で使われていて、誤診率は0.1%にとどまっています。

一方、日本でも深層学習を用いた医療機器が認可を通っているのですが、薬機法の規制でアルゴリズムを成長させてはいけないのが現状です。結局データを誰が処理するのか、成長をどう判断できるのかという客観的な基準がないので、誰が責任を持つのかという判断がとても難しいんです。

大谷:事故が起きたときに責任を持つのが、運転者なのか、車なのかという議論を呼ぶ自動運転と同じですね。

今西:その通りです。とはいえ、米国では先日医師会側が責任を持たないという発表しているようです。だから、医療機器を作るメーカー側が責任を持つという話になりそうです。日本もそういった方向性になるのかなと思います。

大谷:なぜこうした国ごとの違いが生まれるのでしょうか?

今西:根本的にはデータ利用に向けた考え方があります。以前は個人情報保護の観点から、患者の明確な意思がなければ、医療データは利用できませんでした(オプトイン)。しかし、昨年の法改正によって、データ利用がオプトアウトになりました。つまり、患者が明確な意思表示をしない限りは、国の認可した機関はデータを匿名化して提供してよいことになったのです。でも、現時点では認可を通った機関がまだないと聞いています。

大谷:なるほど。スタートアップにとっては障壁が高いですね。

今西:ですから、現状では製薬メーカーとの提携や大学の共同研究という形でデータを得るしか方法がありません。医療ベンチャーに関しても、薬機法の規制がかかるので、製造販売の認可を持っているメーカーと提携していくのが現実的です。先行的な研究を進める医療系ベンチャーと、薬機法の認可は時間軸が違うので、ギャップを埋めるには大手メーカーとの提携という形になると思います。

とはいえ、今秋には成長するAIの利用が国会で審議を通ると思うので、医療機器AIのアルゴリズムを成長させることが可能になるはずです。日本の医療業界でもAIの分野で海外に負けてしまうという危機感は出てきているので、他に比べて法案化は早く進んでいると思います。CTやMRIの機器は多いので、本質的に日本は医療データベースを作りやすい国のはずなんです。

作業をAI化することで人間は学習の時間に充てられる

大谷:今後のAIの利用価値についてご意見と期待を教えていただけますか?

中村:今は輪郭入力の話ですが、本質的には治療計画自体もAIで支援してもらい、どこにどれくらい放射線を当てればよいかがわかるといいなと思います。われわれがデータベースから調べるのではなく、AI側から提案してくれるくらいでもいいです。それを実現できるくらいの症例をわれわれは持っていますから、輪郭入力もワンクリックで終了、治療計画もワンクリックで終了になるはずです。AI化することで節約した時間を、医師が線量分布を正当に評価するスキル向上等に充てる方が患者さんにとってはプラスになります。

AI化することで節約した時間を、医師のスキル向上に充てる方が患者さんにとってプラス(中村氏)

スピードだけではなく、精度も向上します。目に見えない放射線を患者さんの体に照射するのですが、その位置を合わせるための画像が、今まではそんなにきれいではなかった。画質が悪いので、位置合わせに悩むんです。でもAIを使って、画質を改善できれば、もっとスピーディに位置合わせができます。患者さんへのX線照射を少なくして高画質な画像を得る可能性もあります。こういったことをプロジェクトではどんどん進めているんです。

今西:現在、放射線治療データを扱えるエンジニアは日本では少ないのですが、弊社のソフトウェアエンジンは、京大病院をはじめ、さまざまな医療機関で稼働実績があるので、扱いやすい研究開発用のツールとして提供しています。ディープラーニングを扱う方々も使いやすいように、Pythonで簡単にデータを取り出して、機械学習につなげられます。放射線治療のデータを使えなかった企業と、データはあるけど放射線治療が最適化できなかった地方の医療機関をマッチングできたら、日本の医療もより技術向上できると思います。

中村:海外製品にわれわれの持つノウハウを入れ込んでもらおうと思うと、共同開発の申請を出す必要があります。英語ですし、やりとりも複雑。でも、今西さんや中尾先生とはものすごく近い距離感でプロジェクトを進めているので、われわれの知見とともにイーグロースさんが世界に出て行くのを期待しています。

今西:せっかくの産学連携なので、僕たちもきちんとアウトプットを出していきたいと思っています。

大谷:ありがとうございます。

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事業内容
医用ソフトウェア研究・設計・開発
設立
2008年

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